2024.04.30 00:274月30日(火)2024年4月30日(火)本日は午前9時30分から営業を開始しています本日の手作り野菜レモン(塩レモン)紫蘇(紫蘇の実の醤油漬け)新玉ねぎニラ三つ葉タケノコ
2024.04.29 19:44牡丹華18/72きょうから七十二候は18番目の牡丹華(ぼたんはなさく)が始まります。牡丹は古くから中国では「花中之王」と呼ばれとても愛されてきました。日本では夏の季語。牡丹が開花したら春は終わりです。花の旬は10日ほどしかないので季節を表す分かりやすい花です。密教の宇宙観を表した胎蔵界曼荼羅の周囲に描かれています。唐獅子は魔よけの力をもつ聖獣。牡丹は百花の王。唐獅子牡丹は最強の守護と富貴を象徴する魔よけとして安土...
2024.04.28 20:14塩物語9 藻塩古代の日本列島では海藻を使う藻塩焼きが行われたと万葉集に記されています。藻を焼いて灰を海水で固め灰塩を作る・灰塩に海水を注ぎかん水を採るなどやり方は諸説あります。もっとも有効なのは海水のついた藻(ホンダワラ)を天日で干し、その上から海水を流し表面に析出した塩を得る方法です。宮城県の御釜神社では毎年7月に藻塩焼神事が行われ、製塩法を現代に伝えています。やがて砂を使って濃い塩水を採取して煮詰める方法へ...
2024.04.27 20:22塩物語8 塩の日1月11日は塩の日です。戦国時代、甲斐の国を治めていた武田信玄。相模の国を治めていた今川氏との同盟を破棄して東海方面へ進出します。それに対して今川氏は駿河の国を治めていた北条氏と手を組み甲斐の国に塩が入らないように画策しました。海がない甲斐の国では塩が無くなり人々の暮らしが困窮します。これを知った越後の国の上杉謙信は、長い間敵対関係にあったにもかかわらず、塩の流通だけは続けました。この時、信玄の領...
2024.04.27 00:094月27日(土)本日は午前9時から営業を開始しています本日の手作り野菜レモン(塩レモン)紫蘇(紫蘇の実の醤油漬け)新玉ねぎニラ三つ葉タケノコ連休中も定休日(水曜・木曜)以外は営業予定ですご来店をお待ちしています
2024.04.26 19:38塩物語7 古代エジプト古代エジプトではアフリカ大陸に干上がった塩湖が多数あったので塩を簡単に入手していました。富裕層はとてもバラエティーに富んだ食生活を送っていました。塩漬けの魚や食卓塩を使った記録も発見されています。塩漬け食品、とくに魚の塩漬けは4000年にわたって交易商品でした。適切に処理する技術が発達し腐敗を防ぐことができたのでとても高い価値がありました。死者の保存にも塩が使われました。遺体をそのままの状態で保存...
2024.04.25 20:04塩物語6 サル古代ローマでは領土を広げると支配地に製塩所を作り、その周辺に都市を築きます。それらを結ぶ塩の道は各地へ広がりました。ローマ帝国では塩は誰にとっても必要なものという考え方が浸透していて権力者が独占せず、多くの人々へ行きわたらせました。庶民の食卓に食塩がありました。ラテン語で塩は「サル」。兵士に塩を給料として払っていたので給料は「サラリー」、兵士は「ソルジャー」。どちらも「サル」が語源と言われています...
2024.04.24 19:06霜止出苗17/72きょうから七十二候は17番目の霜止出苗(しもやんでなえいづる)が始まります。霜が降りなくなり苗が生長していく頃という意味です。100年以上前に七十二候は作られたので現在の気候とずれています。4月下旬で霜が降りるのは東北から北海道です。また現在の稲作では種まきをあまりしません。ほとんどが移植栽培。ビニールハウスで苗を育てるので霜の心配はありません。霜は農業への影響が大きいので農家は遅霜対策をします。...
2024.04.23 19:42塩物語5 醤油と漬物中国では山西省で紀元前6000年に製塩所が作られ塩湖の結晶から塩を採っていました。紀元前450年には鉄鍋を使って塩水を煮詰めて塩を作った記録が残っています。もともと塩はそのまま使う調味料ではなく、烹汁(ポン・ヂー:合わせ調味料)を作る時の塩味の役割がありました。塩漬けにした魚に大豆を加えたジャン(醬)。やがて魚を使わずに作ったジャンユが醤油の始まりです。塩と豆を使って多くの調味料が誕生しました。そ...
2024.04.22 19:56塩物語4低い自給率もともと自給率の低かった塩。帝国政府は専売制を始めましたが第二次世界大戦参戦を決定したことで輸入が滞り、全国的な流通量が激減していきます。仕方なく1944年には自家製塩を認めますが不純物が多く品質の劣るものしかできませんでした。戦後、工業用に使う塩が必要になり日本専売公社が1949年に設立され塩の専売が復活します。1971年以降、イオン交換膜製塩法が導入され高純度・安価な塩が大量に生産できるように...
2024.04.21 20:21塩物語3専売人は塩分が不足すると生命が危険になるので昔から塩は政治的にも経済的にも重要な扱いを受けていました。世界各地に海岸や塩湖から塩を運ぶ道が整備されています。これらを扱う商人は大きな利益を上げました。ロシア帝国の大豪商ストロガノフ家は塩商人から始まりました。1930年インドではマハトマ・ガンジーがイギリス帝国の塩専売に抗議する塩の行進運動を行い独立運動の転機となりました。日本では租庸調の時代から庸税とし...
2024.04.20 19:28塩物語2かんすい日本では古代から海水を使って塩を得ていました。製塩は海水を煮詰めるよりも濃度の濃い海水を作ってから煮詰めた方がたくさんの塩が得られます。この濃度の濃い海水が鹹水(かんすい)。現在の中華麺の多くには鹹水が使われいます。古墳時代「藻塩焼く」「玉藻刈る」(万葉集)とあるように打ち上げられた海藻から製塩しました。乾燥した海藻の表面の塩の結晶をかめに貯めた海水に何度も洗い出したり、海藻を焼いた灰を海水に溶い...