稲作
古くから日本列島では稲作が暮らしと経済を支えてきました。封建領主へ納める税の中心が米でした。米の出来不出来が経済情勢を左右しました。19世紀後半になり、税が金納に変わってからは人々の主食として生命を支えました。20世紀前半から半ばまでの戦争によって農地は荒廃、戦後の政府は米の生産量を引き上げることが重要な課題になります。肥料や農業器具の発達によって1965年以降、米は生産量が飛躍的に伸びました。しかし、食の欧米化によって米はたくさんあるのに米を食べない人たちが増えてしまいます。大量の米が余ってしまう状態になりました。当時は主食の安定供給のために政府が農家から米を買い取り、市場へ販売していたので、農家は国の指示に従っていれば経済的に安定していました
No.1338
3月26日撮影。定食の小鉢
1963 days until the end of the first phase
0コメント