ソースヒストリー6 日本では茶色

世界のソースはカラフルです。しかし、日本では農林水産省がソースの色まで規定しています。日本農林規格でウスターソース類は「茶色または茶褐色をした液体調味料」と定義されています。そのためフレンチのようにカラフルにできないのです。徳川政権が武力で崩壊したのち、ウスターソースが伝わりました。それをまねて1885(明治17)年、ヤマサ醬油の浜口儀兵衛さんが国産ソース造りに挑戦し新味醤油「ミカドソース」として販売。消費者に受け入れられず製造中止。1895(明治27)年、越後屋の布谷徳太郎さんが「三ツ矢ソース」。1897(明治29)年、山城屋の木村幸次郎さんが「錨ソース(現イカリソース)」。1906(明治38)年、三澤屋商店の小島仲三さんが「犬印ソース(現ブルドックソース)」。1909(明治41)年、愛知トマトソース製造(現カゴメ)の蟹江一太郎さんが「ウスターソース」。全国にウスターソース類が広がっていきました

No.1779

5月28日納品された千鳥酢(京都・村山造酢)

1522 days until the end of the first phase

佐々木食堂

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